骨折6回目からの復活

使い慣れた松葉杖

使い慣れた松葉杖

 
 

先月の「ヤマサキ的日常」で
宝満山下山中に骨折したことを
ご報告していました。
 

今回、改めて振り返ってみれば10年振り、
6回目の骨折となります。
 

毎日、1万歩以上歩いていましたが、
骨折の翌日は63歩!でした。

 
 
 
 

 

骨折30分前(諸行無常)

骨折30分前(諸行無常)

 
 

 初回は大学生の時に、
JRの高田馬場駅の階段を、
電車に乗り遅れないようにと、
5段飛びに降り、
最後に7段飛んだら、
足をひねってしまいました。

 
今まで経験したことのないような激痛が走り、
電車には乗りましたが、次の駅で降りてうずくまりました。
左足の外側の骨がほとんど飛び出さんばかりに折れてました。

 

 2回目は、30才のときに、クライアントの会社の人たちと久住山に登りました。
中腹の法華院キャンプ場で宴会をしているときに、
焼酎の「百年の孤独」をほぼ一人で飲んで、
トイレに立ったときに、穴に落ち込み、
初回と同じようなところをひねってしまいました。

 

 「百年の孤独」の注意書きに
「足を取られることがあるのでご注意下さい」と書いてあったのには後から笑いました。
一人で下山し1日の孤独を味わいました。

 

宝満山から見る福岡市

宝満山から見る福岡市

 
 

 3回目は、34才のときに
公認会計士三次試験
合格したことのお礼状を
ポストに出しに行こうとして、
横断歩道で骨折しました。
車を避けようとして右足をひねりました。
一番情けない骨折です。

 

 こうして振り返ってみると、1回目は大学入学時、
2回目は監査法人入所時、3回目は公認会計士登録時と、
何かの契機の時に、骨を折っています。

 
 4回目は、箱崎校区の運動会のリレーで、
ぬかるんだコーナーをこけそうになりながら、踏ん張ったら、
バキッといってしまいました。
一応、倒れずにそのままゴールして、
これはやってしまったと思い、隠れるように家に帰りました。

 
手術してもらった義弟の有薗整形外科医によると、
鉄板を上から落としたような右足の親指の粉砕骨折だそうです。
ついでに人差し指、中指も折れていました。

 

 5回目は、ジェームス・スキナーのメガイベントセミナーで、
板を平手でわるワークがあり、思いっきり叩いたら、
自分の右親指の付け根が折れてしまいました。
情けなさでは二番目です。これが10年程前です。

 

 そして、今回の下山中に湿った岩にすべっての骨折です。
救急病院のドクターから骨折を告げられ、松葉杖を渡されました。
以前は木製でしたが、今はスチール製です
。借りて帰ろうとしたら「上手ですね」と褒められてしまいました。
「足は5回目ですから」と言うと、えらい驚かれました。多い人で3回程度だそうです。

 

 昔のように、石膏で固めていませんので、取り外しができるのは助かりました。
1日に2回の風呂の習慣はそのまま継続できました。
昔は石膏が取れたら、「ハイ、さようなら」でしたが、今はリハビリがスゴイですね。

乗せてもらいたかったレスキュー隊の車

乗せてもらいたかったレスキュー隊の車


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 4週目からリハビリが始まりました。
今は理学療法士の人が丁寧にリハビリしてくれます。
ちょうど盆休みに入ったところでしたので、毎日通いました。
リハビリとはいってもグローブみたいにむくんだ足をマッサージしてくれます。

 

 5週目には、私以外の家族は
ユニバーサルスタジオジャパン目的で2泊3日の大阪旅行に行ってしまいました。
「足手まとい、とはよう言ゆうたもんやね」と、妙に感心する二三代さんでした。

 

 大洋製作所の柳井さん(女性)からは、
工場の階段を「おぶりましょうか?」と言ってもらいました。
金山先生の浄圓寺の中をケンケンで移動していたら、
「(火で焼かれる)地獄の亡者」みたいですね!」と笑われてしまいました。

 

 阪神のメッセンジャー投手は、8月11日にデッドボールで、
私と同じ足のくるぶしを骨折しています。
8月13日には、何とトム・クルーズまで、撮影中に足首を骨折しています。
「トムと呼んで」と言ったら、二三代さん曰く「ジェリーでしょ」。

 

 骨折をすると、これまでの経験上、いい転機になっていました。
きっと、何かいいことがあるでしょう!

山崎隆弘

このエントリーをはてなブックマークに追加
Check