北海道は熱かった!

富良野のラベンダー園

富良野のラベンダー園

 
 

平成29年7月6日から4日間、
華光会の北海道聞法旅行に参加しました! 
 

ちょうどその頃、九州北部は大雨、
雷雨に見舞われました。
 

 

 

こちら北海道は35度を超す天気が続き(年に数日のみ)、
北海道に来たと思えないような気候です。

 

 全国各地から、米国からは川手夫妻が新千歳空港に集合し、総勢22名です。
私自身は4回目の北海道となりますが、
集合前日には、豊田会計士の勧めで、
初めてサッポロビール園に行ってきました。

 

 初日は富良野のラベンダー園です。昨年の大雨により、
今年は咲きがいま1つらしいですが、見事なものです。

 

 夜は聞法旅行名物の宴会です。
出し物では、高山支部の舟本幸美さんの日本舞踊は、着物姿で、
膝の痛みなど感じさせない、熱の入った踊りでした。

 

井本さんの誕生日にご自身からカニの大判振舞い!

井本さんの誕生日にご自身からカニの大判振舞い!


 
 

 泊まりは井本さん、
横山さんと同室で、
初日から早速、夜1時近くまで、
信先生など8名ほどで飲み明かします
(ほぼ連日)。

 
 

 翌日は、美瑛の青い池、白鬚の滝、十勝岳などを回ります。
日程に十勝岳が入っていたので、登山があるのではと
参加者の間でウワサになっていましたが、写真撮影のみでした。

 

 午後から、幌加内に移動し、
深川町一乗寺(本願寺派)から殿平善彦先生が乗り込まれました。

 

そのまま旧光顕寺跡に行きます。
旧光顕寺は現在「笹の墓標展示館」となっています。

 

 殿平先生は、信先生の龍谷大学信楽ゼミの大先輩に当たるそうです。
大先輩すぎて交流はなかったそうですが、
信先生の奥様のゆかりさんの実家が深川町で、
昔から懇意にしており、この度のご縁となりました。

 

 戦前、戦中に、朱鞠内湖のダム工事、
原木輸送のための名雨線鉄道工事において、
タコ部屋での過酷な労働により日本人、韓国人が6年間で200名亡くなっています。

 

 殿平先生は、1975年頃、旧光顕寺を訪れ、
1980年代に発掘作業を行い、16体の遺骨を発掘し、荼毘に付しています。

 

1997年からは、韓国の漢陽大学文化人類学のチョン・ビョンホ教授と
日韓共同ワークショップ(現在は東アジア共同ワークショップ)を開催してきました。

 

 昼は発掘作業、夜は遅くまで飲み明かし、
参加者は民族、国家を超えて、もの凄く仲良くなるそうです。
今年で20周年となります。

 

 終戦70年目の一昨年には、「70年目の里帰り」として、
バスで北海道から東京の築地本願寺、京都の本願寺などを通って、
フェリーで韓国まで遺骨を運んでいます。その映画を観させて頂きました。

 

殿平先生を囲んでの懇親会

殿平先生を囲んでの懇親会


 
 

 浄土真宗の社会活動には、
私自身はほとんど興味はありませんでしたが、
その行動力には頭が下がります。
70過ぎの高齢にもかかわらず、夕食後、
そして懇親会は1時まで話し込まれてました。

 
 

 それまでは、単なる観光旅行だったものが、一気に聞法旅行らしくなりました。
翌日は殿平先生の一乗寺で、増井信先生のご法話を聞かせて頂きました。
生老病死のお話でした。

 

これぞ自分が聞きたかった話と思っていたら、
ご法話中に、信先生から「嬉しそうですね」と声をかけられてしまいました。
 

笹の墓標展示館(旧光顕寺)

笹の墓標展示館(旧光顕寺)

 
 

 殿平先生のお勧めにより、
森村誠一著の「笹の墓標」を
旅行中からKindleで読んでみました。
印税の半分は、笹の墓標展示館に
寄贈されているそうです。

 

 

 推理小説ですが、強制労働の実態等がよく判ります。さすがに作家です。
昔の話と現在の殺人事件が結びついていきます。
殿平先生が実名で登場しているのにはビックリしました。

 

これを読んだ人からこれは実話ですか? 
と問合せがあったほど、リアリティがあります。

 

 殺人事件はあくまでフィクションですが、
土台となる朱鞠内湖のタコ部屋の話は、綿密な取材によるものでしょう。

 

荻原果樹園のサクランボ

荻原果樹園のサクランボ

 
 

 3日目は、増井ゆかりさんの
実家の荻原果樹園で、
出荷用のサクランボ、
ジンギスカン料理、
地酒の男山をたくさん頂きました。
大変、お世話になりました!

 

 最終日は、観光地の小樽を初体験し、
北海道の海鮮、ジャガイモ、トウモロコシ、昆布等を満喫しました。

 

充実の北海道旅行でした。
次は、家族で寒い北海道に行ってみたくなりました。

山崎隆弘

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