伊藤康善先生50回忌、 増井悟朗先生3回忌法要

伊藤康善先生(右)、増井悟朗先生

伊藤康善先生(右)、増井悟朗先生

 

平成29年11月3〜5日、華光会創設者の伊藤康善先生の50回忌、
華光会館創業者の増井悟朗先生の3回忌法要を兼ねての華光大会が行われました。

 
 
 
 

 今年の進行は、九州支部の担当です。二三代さんは得意の司会です。
私は荘厳、講師との連絡、会場管理、分級管理の係に当たりました。
とはいえ、分級司会も法中も外れた(正座ができない)ので気楽に参加できました。

 

得意の司会をする二三代さん

得意の司会をする二三代さん


 
 
 

 分級(座談)は、
久々にどこでも自由に参加できます。
信先生、孤杉先生の分級に入りました。

 
 
 
 

 ここ最近、信先生のお勧めが、神がかりならぬ仏がかりで、磨きがかかってきました。
9月の九州法座では、豊前市の宿利清麿さん(70才)に対する信心のお勧めで、
阿弥陀様の気持ちを宿利さん自身の言葉で言ってもらい、
次に、厚東証子さんが阿弥陀様となって、宿利さんに声をかけました。
その間に宿利さんの頭が下がり、椅子のフロアでしたが、床に額がついて離れません。

 

 今回の華光大会でも、信先生の分級で人に応じてのお勧めで、
まだまだ難しいのかなと思う人が、何人も阿弥陀様の前に出て念仏していました。

 

 孤杉先生の分級では、伊藤康善先生の「自分の信心を否定し、
念仏、念法、念死せよ」との厳しいお言葉を聞かせて頂きました。

 

50回忌、3回忌法要記念行事

50回忌、3回忌法要記念行事

 
 
 

 2日目の午後、正信偈の行譜による、50回忌、3回忌の法要です。
その後、記念行事が行われました。こちらの進行は運営委員長の谷本朗さんです。

 
 
 

 伊藤康善先生と増井悟朗先生のご法話のテープを聞いて、
お味わい、思い出を分かち合います。
昭和33年米国カリフォルニア州ペタルーマの麻生家での伊藤先生のご法話です。

 
「善知識(仏教の正しい師)に出会えたら50%は達成」
「オレがをおしつけない、この伊藤はとは、よう言わん」
「仏教の神髄は知恵門である。知恵の念仏を頂いて、後生の夜明けをさせてもらう」などのお話です。

 

不得意な勤行をする二三代さん

不得意な勤行をする二三代さん

 

 真宗は知恵門というのが印象に残りました。
知恵門とは、僧侶・同行も関係ない、教学のあるなしも関係ない、
親子、兄弟も関係ない、後生は一人一人のしのぎということです。
お慈悲な阿弥陀様だからと腰をかけるのが一番危ないと仰ります。

 

 増井行子夫人は伊藤先生の「今生腹で聞いても一生かかっても聞けん」
「女性は結婚するまでに聞かないかん」
「地獄に堕ちたくない一心で聞ける法だ」等の教えを受けたと思い出を語られました。

 

 悟朗先生の分かち合いでは、西光義敞先生が
「伊藤康善すすむとも、増井悟朗ひろめずは、
片州濁世のともがら、いかでか真宗をさとらまし」と言われたことを紹介されました。

 

 2日目の夜は、毎年恒例の華光総会です。
60年前に華光会館を創建し、20年前に阪神淡路大震災の影響により現在の会館に建て替えています。
外壁、防水、内装工事に対する募金の可否を問いました。
様々な案が出され、充実した総会でした。

 

 3日目のご満座は、増井信先生のご法話です。
聞其名号の聞とは、如来のお心を聞く。如来のご苦労は「待つ」こと。
人間界に生まれるのを待たれ、仏法を聞くのを待たれた。
待つは他力の心と『唯信鈔文意』から示されました。

 

凄みを増してきた増井信先生のご法話

凄みを増してきた増井信先生のご法話

 

 信先生のご法話は凄みを増してきました。
ご法話の最後の方は、道場が念仏の嵐となりました。
伊藤康善先生、増井悟朗先生と師業口伝の法が脈々と受け継がれています。
伊藤先生が同行学を重んじたからだと言われます。

 

 総会では、華光同人の高齢化により人数が減少しているとの報告もありましたが、
蓮如上人の一人なりとも信をとるべきならば真宗の繁盛と申されたように、大繁盛の法要でした。

山崎隆弘

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