丁寧に生きる その②食生活を見直してみよう

神田さん講演会の翌日、水前寺公園で

神田さん講演会の翌日、水前寺公園で

 
 
 
 
繰り返し言うが私はガサツである、
らしい。本人自覚なし(笑)。

 
先月号の「丁寧に生きる」
を読んだ次女がこう言った。

 
「オカア(お母さんの短縮形)より
ガサツな人がTVに出とった!」

 
「誰、誰?」

 
「平野レミ。あの人の料理めっちゃスゴイよ。
ブロッコリーをそのまま茹でて
ボンと皿に立てて上からソースかけて・・
ブロッコリーが倒れる(爆笑)」

 

 よし! 
VTRで確かめることにしよう。

 
なななんと、
豆乳とトマトジュースを混ぜて
ちくわをストローにして飲んでいるではないか!

 
あっぱれである。

 
「でもね、オカアと違うところは、
どの料理も美味しそう」

 
「ガーン!」

 

 レミさん、ごめんなさい。
私と比較するなんて本当に申し訳ない。

 
だが、レミさん曰く、
「効率を求めてやってんだからね。
忙しいからね。
ブロッコリーが喜ぶと思ってやってるからね。
ちくわも食べれるし」

 
はい、確かに。

 
レミさんのその気持ち、
わかります。
考える始点が違うのよね。

 

水前寺公園の梅

水前寺公園の梅


 
 
 
 

 また、同じく先月号を
読んだ所長がこう言った。
 
 
 
 

 
「なんかビンボー臭くない? とくに後半」。
冷蔵庫の中が空っぽになってもってところか(笑)。

 
はい、実家では裏庭に畑を作って
自給自足的なことやって節約をしていた。

 
「もったいない」を合言葉に
箱ティッシュは使わなかった(手を洗う)。

 
電子レンジも使わなかったし。
清サマ(父)に育てられた私、
ビンボー臭いって言われてますよ(笑)。

 

 昭和37年生まれの私でさえ、
子供時代の話をすると娘たちに驚かれる。

 
豆腐が5円、
オイルショックでトイレットペーパーを
求めてレジに並んだことがある。

 
時代が貧しかった。
しかしそれでも贅沢だと言われて育った。

 
昭和一桁の両親は食べるものがなく
芋を食べていた、砂糖がなかった、

 
巻き寿司は年に一度の御馳走だった。

 

 だが、そんな食糧難に育った
親たちの世代の方がとても元気である。

 
生活習慣病は年々若年化している。

 
その他、戦後の学校給食のパンと
牛乳の導入によりかなり
日本人の健康は害されてきたようだ。

 
バランス良く食べるという
栄養学にも問題がある。

 

 松田麻美子先生から
ナチュラル・ハイジーンという理論を学んだことで、
我が家の食卓は5年前と比べると確実に変わった。

 
それまでの食生活を変えるのには、
必ず家族の抵抗勢力に会う。

 
ナチュハイを始めたころ、
「肉、肉!」の声に
どうやって肉の量を減らしていくか。

 
困った私は藤崎愛子さんに頼んで、
週1回、3か月間ローフードの夕食を作りにきてもらった。

 

 生野菜だけで数々の献立を作り、
ドレッシングも手作りだった。

 
だが、驚いたことは、
まずは調味料と石鹸を変えること、
これだけで食生活は変わってくると言われた。

 
つまり添加物が入った調味料を
無添加に変えることで
味覚が変わってくるというのだ。

 
どうやら私たちの舌は
添加物の味に慣れてしまっているようだ。

 
たとえば、無添加の醤油は
「大豆・小麦・食塩」これだけ。

 
私はそれまで、
そんなことより、
美味しいこと、
安いことで

 

「アルコール・アミノ酸・着色料」を含む
醤油を知らず知らずに買っていたのだった。

 

グスコー出版の佐藤八郎さんとそば会席旧東海道吉田屋で

グスコー出版の佐藤八郎さんとそば会席旧東海道吉田屋で


 
 
 
 
 ちょっとだけ高い醤油で
味覚が変わり、
食生活が変わり病気を
防げるとしたら安い買い物である。

 
 
 

 
だから納豆についている醤油は使わない。
添加物の味がしてもう食べられない。

 
砂糖の量にも敏感になると、
昔はバクバク食べていた
安いロールケーキも今はもう食べられない。

 
どうしても食べたいときは手作りする。
砂糖の量が調節できるからだ。
料理本のレシピの半量でも十分に甘い。

 

 自分の身体を大切に丁寧に生きようとする
とやはり「手作り」が一番で、
それは手間暇かかること。
 
疲れて何もしたくない日もあるけど、
丁寧な食生活を送っていこう。

山崎二三代

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