「お金について語る」

筥崎宮花庭園の百合

筥崎宮花庭園の百合


巻頭の所長の挨拶にあるように、6月に母校である福岡女子大学で1時間、1年生の寮生に対してお金について講演をさせていただいた。ありがとうございました。 
 
 
 しかし、お金について語るのは難しい。それにはいくつか理由がある。
 
 
一つはほとんどの家庭ではお金についての教育を親からされていないし、義務教育でお金について学ぶ機会がないためもあり、お金に関しては個人の考え方が千差万別であり、体系論がないからだ。
 
 
投資セミナー、家計簿のつけ方、などお金の一部分についての話はあるが、大きなお金の流れの話はなかなかない。
 
 
 そして、人の財布の中身を覗くような話は本来タブーなので、公にお金について語る場がないゆえ、人のお金の動きがわからないことがお金について語りにくくしている。
 
 
言っておくが、人のお金の動きを見て税務会計に精通している税理士、会計士達がお金を稼ぎ、生きたお金の使い方に長けており、寄附をし、ある程度の蓄財をしているかというとそうでもない。数字の計算と生きたお金は別物だ。
 
筥崎宮花庭園のあじさい

筥崎宮花庭園のあじさい


 
 お金は時として恐ろしいパワーを持つ。人の人生を狂わすことができる。利権に絡む私利私欲のために、人の命などどうでもよいとまで思わせる。
 
 
お金を沢山持つと自分の価値が上がったような錯覚に陥る。お金に目がくらんで、人ではなくお金を信用して痛い目に合う。ギャンブルに走る人、借金地獄から逃れられない人、お金が絡む場面は人の本性がモロに出る。
 
 
 一方、お金は人を救うことができる。自分は動けなくとも寄付金、義援金で少しでも役に立つならと思う。もちろん生活するためにはお金は必要だ。ないよりあった方がいい。
 
 
 そもそも、お金について語るとき、お金があるかないかが語られる。「お金持ち」というキーワードが羨望の対象になる。
 
 
 お金持ちの資産の基準はそれこそ人それぞれだろうが、しかしながら、幾多の相続の場面や申告書を書くことで、お金のことで人を羨む必要はない、ということはハッキリわかった。
 
「睡蓮の池、緑の反映」モネ(九州国立博物館)

「睡蓮の池、緑の反映」モネ(九州国立博物館)


 
 親からの資産を引き継いだ悩み、資金繰りの悩み、お金はあってもなくても悩む。自分の器にあった分だけが入り、自分の考えに基づく行動と共にお金は出ていく。
 
 
貯める気持ちがなければお金は貯まらない。これが自分の生き方であり、お金の使い道だと思って、入ってくる以上に使うと当然だが借金することになる。
 
 
 要はその人の考え方、感情によってお金は動く。だから、言えるのはコツコツと真面目に働き、手に入れたお金に感謝して有効に使い、稼いだお金の10%は残していく。それだけのことだと思う。
 
 
ひとつ付け加えるなら、自分だけ儲かろうという人は痛い目に合っている気がする。騙されて一瞬に失う確率が高いようだ。
 
 
 有効に使うを補足しておくと、衝動やむしゃくしゃしてではなく、将来のための自己投資と人を幸せにするために使う使い方だ。これをすると。お金はその人に流れて行くように思う。
 
「可愛いイレーヌ」ルノワール(九州国立博物館)

「可愛いイレーヌ」ルノワール(九州国立博物館)


 
 「ユダヤ人大富豪の教え」の著者である本田健さんからお金について学ばせていただいたことがある。
 
 
その時、お金には「稼ぎ方」「使い方」「貯め方」「増やし方」があることを教わった(それらを詳しく語ることはここでは割愛させていただく)。
 
 
 何も「金を持っている」ことだけが、お金についてのすべてではない。お金を持っていてもケチは嫌われる。節約するあまりケチになるのはいただけない。
 
 
お金は使ってこそ増えていく面もある。しっかり受け取って、楽しんで、感謝して、分かち合って、グルグル回るお金と上手く付き合っていきたい。
 

山崎二三代

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