「第31回 北島登美子さん」

華光大会での北島さん(中央)、右は丸尾さん

華光大会での北島さん(中央)、右は丸尾さん

 
 

 奈良県生駒市の北島登美子さんです。
芋が大好きで、若い頃は「イモ姉ちゃん」
と呼ばれていたそうです。

 

 大阪で生まれ、4才の時に父親が亡くなり、
奈良県大和のお母さんの実家で育ちます。
西光義敞先生の室生村の隣村です。

 

賢い子と褒められ、おやつがもらえるので、
万行寺含め2 ヶ寺に参るのが楽しみでした。

 

 北島さんが小学2年生の時に、お母さんが大阪の工場に働きに出ます。
離れ離れになり、大変、さみしい思いをします。

 

 成人し、お母さんのご紹介により結婚して大阪で母親と同居を始めます。
ところが、あれだけ恋しかったお母さんを邪魔に思う心がでてきます。

 

 そんな自分の心がイヤになり、これではいかんと思っているところに、祖父に仏法を勧められます。祖父は法を歓んでいる剛信な方で、西光先生経由で華光会にご縁を結んでいました。

 

京都聞法旅行。中央看板の左隣が北島さん(2016年9月)

京都聞法旅行。中央看板の左隣が北島さん(2016年9月)

 

 

 現在在住の生駒市の家を、
祖父が、余った木材で建ててくれます。
祖父はガンを患っていましたが、
「これは仏法を聞くための木やぞ!」と強調し、これが契機となって華光会にお参りするようになります。

 

 祖父が亡くなり、お葬式のときは普通でしたが、
荼毘に付すときに、紫の煙が登美子さんの目には見えました。
これは聞かんといかんと思います。

 

 華光会にご縁があったのは、増井聞子さんが成人式の頃です。
間もなく聞かせてもらったそうです。
周りの皆があれだけ苦しんでいるのに、こんなに簡単に頂けるものかと、一旦は信心が崩れます。更に聞かせてもらううちに、私は楽(らく)でないと聞けない者だと思い知らされます。

 

 聞かせて頂いてからは、2ヶ月間、身も心も浮ついて、
「聞いてもらいたい!」という強い気持ちが起こってきます。

 

 家庭法座は30年以上、毎年開催され、法は祖父、母、登美子さん、娘さんと相続しています。現在は6人のお孫さんに華光子ども大会などを通じてお勧めしているところです。

山崎隆弘

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